呼吸が伸び伸びと自由に出来る状態だからこそ、気の流れは創り出せます。相手に持たれた手を意識すると、心身が窮屈になり、解放できません。小手先をどう捌くのかをいくら工夫しても、呼吸力にはつながらないのです。
心身の開け閉め(陰陽)で気の流れを作り出す(呼吸力の探求②)
合気道における呼吸力、それが産み出す気の流れとは何か? 合気道が心身の解放の道であるとすれば、相手に囚われずに自由に伸び伸びと呼吸することが不可欠です。そして心身の開け閉め、伸縮は常に表裏一体。まさに陰陽は呼吸そのものです。
呼吸で捌く正面打ち一教(呼吸力の探求①)
相手の打ち込みに対して、こちらも打ち込みで返さない。打ち込みに合わせて身体全体の呼吸で吸収し、下に崩す。呼吸力とは何か? 身体のすべての力を抜いた上で、最後に残るのは丹田を中心にした身体全体の開け閉めではないのか? 踏ん張れば足に、肩に、肘に力が入る。その力とはまったく次元の違う、踏ん張らない呼吸力を探求します。
全然関係ないことを考え技をかける(意識操作の探求①)
合気道では、「我を殺す」「相手を倒そうと思わない」など、様々な意識操作の重要性が指摘されます。相手とぶつからない技は、単に技術的な側面からだけでなく、こうした意識操作の側面からも追求されるべきでしょう。
風船のような軽さで捌く後両手取り呼吸投げ(浮舟の探求⑦)
相手を重く感じれば、無意識に力が入ります。つまり、相手を軽く感じる、その心身の状態に自らを持っていくことが問われます。持たれた手は重力センサーで、それが測定値ゼロになるのが目標です。
舟漕ぎ運動と膝抜き(浮舟の探求⑥)
舟漕ぎ運動は、腕力に頼らず、重心移動により相手を捌くための練習法です。同時に、これと膝抜きを組み合わせることで、相手と一体化した状態での重心移動と崩しが可能になります。
浮遊する諸手取り呼吸投げ(浮舟の探求⑤)
どんなにがっちり持たれても、合気すればその力を感じなくなり、ゆえに自分も力を入れる必要がなくなります。まるで自分と相手が一緒に浮遊している感覚です。どんな相手に対しても、どんな場面でもこれができるのか? 今後の課題です。
ゼロ・グラビティの二人掛け諸手取り合気下げ(浮舟の探求③)
人間の脳の能力の9割は、自分のバランスを保つために使われているそうです。つまり、相手を投げるより、相手に崩された自分を元に戻す力のほうが、はるかに本能的で自然だと言うことです。そして、持たれた手はセンサーであり、自分が自然体に戻れば、逆に相手の力は無力化し、まるで無重力のような状態に入れます。これが合気の本質なのかどうか・・さらに探求していきます。
丹田を中心に世界に浮かぶ(浮舟の探求②)
どこも踏ん張らず、全身がリラックスした武道的状態は、丹田を中心に世界に浮いている感覚です。だからこそ、前後左右上下、どこにでも自由に動ける。単に脱力するだけでは、この感覚はつかめません。まさに中心力を高めることが求められます。
心身の自由を目指す(後両肘取り三教)
上手く捌けない原因の大半は、自分で自分の心身を固めていることです。それを解き放ち、一番楽で無理のない体捌き、足捌きを模索する。痛いからかかる関節技ではなく、自然に相手を導ける関節技を目指します。

