力ずくで相手を倒せば、より力の強い相手を捌くことはできません。「窮すれば転ず、転ずれば通ず」の言葉通り、窮しても円の動きで力のベクトルを変えれば、いくらでも捌くことができます。
痛くない関節技で触れた場所から崩す(二教から四教まで)
約束稽古の予定調和に甘んじ、関節技で相手を痛めつけて満足しても、何の進歩もありません。触れた場所から、肘、肩までロックさせて相手の中心を自分の中に引き込む感覚を研ぎ澄ますのが、関節技を学ぶ意味です。
丹田の探求④身体内部から始まるぶつからない崩し(両手取り天地投げ)
これまでは主に、脱力からの伸筋の駆使によって相手を崩していましたが、より根本的に接点でぶつからない崩しを目指し、丹田からの身体内部の動きをより重視しています。忖度なしで腕をがつちりと抑えつけられても、しっかりとかかる技を目指します。
呼吸力の探求⑳マインドフルネスの世界へ(片手取り・正面突きの表側の捌き)
呼吸のリズムで捌けば捌くほど、心身が気の波に乗り、一切余計な力を使わずに動き続けることができます。動けば動くほど、身体は軽くなり、集中力は増し、心が洗われていく、まさにマインドフルネスに近づきます。
丹田の探求③上虚下実・腹で捌く(座技呼吸法)
身体意識の中心を丹田に置き、腹からすべてを捌く感覚は、まさに「上虚下実」そのものです。だからこそ武道的な世界を深めるためには、技術的なこと以上に、身体意識の広がり、心身の一体性が重要です。腕や手はあくまで仮の姿です。
「観の目」で導いて捌く(短刀突き小手返し)
「観の目つよく、見の目よはく」は、宮本武蔵『五輪書』での兵法の心得として有名ですが、この心身の状態を常に心がけて稽古することが大切です。相手の全体を感じ、それに逆らわずに導いて捌くことを目指します。
先の先で場を主宰する(正面打ち入身投げ)
合気道の約束稽古では、受けが先に攻撃を仕掛けますが、取りはその攻撃をただ受動的に待っているのではなく、実は「先の先」で、能動的に攻撃を引き出しています。まさに、「自分の領域を展開」することで、場を主宰しているわけです。
丹田の探求②中心から崩して一気に開放する(両手取り二教)
身体意識の中心を常に丹田に置くことで、崩しが大きくなり、またそこからの開放も大きなうねりになります。ある程度技を体得したら、手や腕をどう動かすのかなどの意識を後景化させ、身体の中心で捌く感覚を高めるのが稽古の目標となります。
丹田の探求①三次元の動きを司る(両肩取り座技呼吸法から両手取り天地投げ)
もともと日本人の意識の中心、喜怒哀楽の中心は腹にありましたが、合気道ではまさに、丹田からすべての力の波が始まります。手や腕の動きとして表に出てくる様々な技は、丹田から生み出される三次元の動きの表出にすぎません。
仙骨と下丹田を意識する武道的歩き方(気の球体をつくる)
仙骨を締めることで背骨がまっすぐに立ち、上半身が安定します。そして、臀部からハムストリングスを意識することで、上下動のないスムーズな足の運びが可能になります。また下丹田に身体意識が集中し、気の球体を産み出します。

