合気道でしなやかな心身を育もう!

合気道は、日本の伝統的な武術の体系を引き継ぐ武道です。

武道と言っても、子どもからお年寄りまで、誰もが安全に稽古できます。
正しく稽古すれば、ケガをする危険はほとんどありません。
そして合気道には様々な魅力があります。

①礼儀作法を学ぶ
②立居振舞、姿勢を美しくする
③護身術を身につける
④体幹を強くしてあらゆるスポーツに活かす
⑤心身の健康を高める などなど

稽古は、礼節を守りながらも、楽しく、明るく行うことが一番大切だと考えています。
小さなお子さん、その親御さん、さらに合気道に関心のある初心者の方、経験者の方など、どなたでも歓迎いたします。

まずは気軽に体験してみてください。
初回体験は参加費無料、さらに以降5回は体験期間として1回500円(中学生以下は300円)で稽古できます。
正規会員の会費はこちらをご覧ください。
一人親世帯の方などには会費の減免もございます。

■稽古日
稽古日カレンダーで、日時、場所をご確認ください。
※都合により急に稽古日時が変更となる場合もありますので、飛び込みで参加ご希望の場合には、必ず電話またはSMSでお問い合わせください。
℡ 090-5133-4236 平沢まで

■稽古場所(稽古カレンダーの該当日をクリックすると場所が表示されます)
★多久比禮志神社(富山市塩690)えんゆう館道場
★旧小羽小学校体育館(富山市小羽279 番地)
★富山市大沢野武道館(富山市高内114-1)

■準備するもの
服装は動きやすいジャージなどで。
※稽古は畳の上で裸足で行います。手足の爪は短くし、アクセサリー類はあらかじめ外しておいてください。

■スポーツ保険について
体験期間を経て正式に会員となった方は、スポーツ保険へ加入していただきます。

■問い合わせ
里山合気会  平沢義孝
℡ 090-5133-4236
mail aikido@small.gr.jp

■当会は富山合気会に所属しています

合気道における「厳しい技」の意味

合気道が武道である以上、その技に「厳しさ」が内包されていなければ意味はない。
勿論、その厳しさの中身は、相手を傷つける、痛みつけるという類のものではないとした上で、では、合気道における技の厳しさとは一体何なのかについて、長年考え続けている。

そもそも、これが分からないことには、合気道において自分の技が進歩するとは何を意味するのかも曖昧になる。
合気道には試合はなく、柔道や剣道のように、「特定のルールの中でのやりとりで、かくかくしかじかの状態になれば1本」という客観的な基準はないからだ。

仮に、「約束稽古において、どんなに力の強い相手が抵抗しても技をかけられること」が「厳しさ」の基準だとしよう。
ただ、これはなかなか難しい命題だ。

例えば、片手取りの場合、かけられる技を知っている受け、特に有段者が、とにかく自分の腕を動かさないことを至上命題にすれば、ほぼ、通常の技はかからない。
かけるとすれば、約束稽古は無視して、限られた適用可能な技、当身、関節技などを駆使するしかないから、「ある特定の技」の「厳しさ」を検証することにはならない。

真逆だが、しっかりと腕を掴まない、何の気持ちも向けてこない相手にも技はかからない。
相手が手を放したら、簡単に逃げられるだけである。

もちろん、ただ腕を掴み、動かないことだけを目指す相手、あるいは、何の気持ちも向けてこない相手は、そもそも自分を攻めてきているわけではないので、技をかける=捌く必要はない、ゆえに合気道の体系外とも言える。

とすれば、「どんなに力の強い相手が抵抗しても技をかけられること」を「厳しさ」の基準とするには土台無理がある。
では、合気道における「厳しい技」とは一体何を意味するのか?

現時点で私は、これまでの稽古経験に基づき、「しっかりと攻めた上で、数本受けを取っただけで、足腰がガタガタになる技こそ、厳しい技ではないか」と考えている。
実際に、熟達した人の技を受けると、数本投げられただけで、足腰に相当な負荷がかかる。
なぜなら、崩しが厳しく、自分のペースで受けを取ることができないからである。

逆に言えば、通常、技を知り尽くしている有段者が受けを取る場合、「このタイミングでこう受けをとればいい」と理解しているので、技にかかっているようにも見えながら、実際は自分のペースで受けを取ることが可能だ。

こういう受けなら、何十本、いや何百本投げられても、体力さえあれば息すら乱れない。
実際、有段者が白帯の人の受けをいくら取っても、ほとんど疲れることなどないだろう。
私自身、自分よりも下位の人の受けを取っても、ほとんどの場合、足腰には何の負担も感じない。

有段者と白帯の関係なら当然ではあるが、もしこれが有段者同士の稽古でも同じとしたら、取りも受けも、本当には技を磨いていくことにはならないと思う。

合気道において、武道としての「技の厳しさ」とは一体何を意味するのか?
まだまだ模索途中である。