名著『弓と禅』が示す「道」の世界

武道を志す者であれば、必ず一度は読了したい名著、『弓と禅』。2015にその新訳本が発売され、あらためて読み直してみた。

冒頭の解説には以下のように記されている。

「『弓と禅』は、 ドイツ人の哲学者が、 日本に来て数年間、 全身全霊で射る 中で無心を体験することに弓道の奥義があると唱えた師について弓道を学ぶ 中で、 身体遣いが変わり、 精神集中を強め、 技を深め、 ついに無心の射を経験するまでの過程を整理して著した書である」

このドイツ人哲学者こそ、著者のオイゲン・ヘリゲルである。

戦前、日本を訪れた彼は、弓聖と称えられた阿波研造に師事する。

そのなかで、弓をスポーツの一種として捉えていた当初の考え方を、根本的に覆される様々な経験を経る。

必死になって力を入れてもまともに引くことすらできない弓。それが筋力や技巧ではなく、より根本的な呼吸法や精神集中によりはじめて引けるようになるという現実。

さらに的を射るのは己ではなく、自分ではない「誰かが射る」のだとの師匠の言葉。それをまったく理解できない混迷の日々。

実は彼は、西欧の合理主義思想の立場から、一貫してこうした様々な教えに、疑問を呈し続ける。

しかし、現実の稽古を通じて、それらの教えが決して嘘でも偽りでもなく、本物であるかもしれないとの思いも、徐々に深めていく。

それでもどうしても、やはり師匠の言葉を疑ってしまう彼に、「本当はこんな方法は避けたかった」と言いながら、弓聖が見せた、ある夜の、本当に奇跡のような射。

彼が実際に体験したこの事実に、思わず身震いしてしまう。

阿波研造がなぜ弓聖とまで称えられたのか、誰もが納得する以外ないシーンだ。

ただ、私が強調したいのはこのことではない。

私たちが学ぶべきは、ある意味、合理主義という、当時の日本人とはおよそかけ離れた別の思考のパラダイムにいたオイゲン・ヘリゲルが、であるが故に、弓道の本質をより深く問いかけ、探求し、そしてある程度それに到達したという事実である。

当然ながら阿波研造の下には多くの日本人が師事していたが、そこまで掘り下げて探求した人はどれほどいただろうか?

分かり易く言えば、師匠の言葉を簡単に「分かった気になる」のは、同じ文化的パラダイムに存在する方が陥りやすい誤りでもある。

自意識を鎮静させ、自らの存在を超える何かを感じ、それと一体化することで弓を射る。

その弓道の意味をここまで深く哲学的に探究し、そして同時に、自らもまた、阿波研造に認められるまでに弓道を極めることができたのは、そもそもオイゲン・ヘリゲルが、別の文化的パラダイムからの違和感、差異に対して誠実に向き合ったからだと思えるのである。

振り返って今日、私たちを取り巻く世界は、ほとんど何から何まで合理主義的考え方に満ちている。

ある意味、今の私たちは、当時のオイゲン・ヘリゲル以上に、日本の伝統的な精神文化とははるかに異なる場所にいる。

しかし一方で、日本人であるというただそれだけの理由で、根拠なく日本的であるはずだという誤った思い込みも多い。

つまり、簡単に「分かった気になる」という落とし穴は、今も昔も変わらないのである。

合気道もまた、まったく異なる文化から、であるがゆえに真剣にこれと向き合おうとする外国の人々の方が、実は私たちが想像する以上にはるかに深くその道の本質を理解しているかもしれない。

日本で合気道を学ぶ一人として、常にそうした自戒の念を忘れずに稽古していきたいと思う。

異なる共同体の接点からこそ文化は発展する

世界中を見渡しても、発生以来、一度も他者との接点のない共同体、そして文化は存在しない。
どんな共同体、文化にせよ、必ず他者と触れ合い、融合し、時に対立しながら、その独自性を確立していくものである。

「他者性」を異質なものとして常に排除する共同体や文化は、必ず硬直化し、生命力を喪失していく。
逆に、自分と異なるものに対して開かれていく共同体や文化は、常に生命力を再生産する。

さらに、「今」は常に、そうした歴史的変遷のなかの一地点である。これまでも変化してきたように、これからも変化し続けていくのが当然なのだ。

こんな大きな話から、突然、合気道の話に移るのは、いささか論理的飛躍があるのかもしれないが、合気道には様々な流派、教え、道場の系列がある。
通常、最初に出会った流派、道場での教えが、その後の合気道人生を規定することになる。

よく「三年稽古するよりも三年かけて良い師を探せ」と言われるが、試合もない合気道の場合、「良い師」の客観的評価の基準はない。
ゆえに、そもそも審美眼を持っていなければ、「良い師」を選ぶことはできないのだが、初心者が最初から審美眼を持っているはずもないから、この言い方は論理矛盾である。

かく言う私も、最初に出会った道場では、様々な違和感を覚え、転勤を機にいったん合気道を辞めた。
次に出会った道場で本格的に稽古を再開し、ピーク時には週5日~6日、身体がボロボロになるぐらいに激しい稽古を積み重ねた。

しかし、どうしても里山暮らしをしたいとの願いもあり、初段取得を節目に富山に移住。
そこで地元の道場でお世話になり、さらに現在、里山合気会を主催するに至っている。

これは、私のようにいくつかの系列の異なる道場を経験した者にしか分からないのかもしれないが、所属道場と指導者によって、指導内容は大きく異なる。
最も基本的な相手との間合いなどもまったく違う。

その場合、当然にも自分のなかにある疑問が生ずる。
「あの道場ではこう教えられたが、この道場では違う。果たしてどちらが正しいのか?」

この疑問を本当に解決する道は一つしかない。
様々な人と稽古し、自分自身で検証するしかないと言うことである。

さらに、このプロセスを通じて、技の「意味」について深く考える以外なくなる。
「なぜこちらの教えの方が優れているのか? その根拠は何か? それは普遍的なものか?」

さて、冒頭の文書との関連はここにある。
私は、異なる様々な流派、道場を経たことにより、嫌でも「差異」を考えるしかなくなり、逆にそれによって合気道への洞察を深めることができたのかも知れないと思っている。

「異なる共同体の接点からこそ文化は発展する」のと同様、異なる流派、道場の接点からこそ合気道は発展する・・と言えるのか・・・

もちろん、こうした考察は、ある程度の稽古を積んだ上での話である。
里山合気会でも、少なくとも初段になるまでは、無用な混乱を避けるために、私が考える体系で指導することにしている。

ただそれ以降は、それぞれが様々な考えに触れ、稽古で体験し、自分自身で考えていくことが大切だと思っている。
「考える合気道」は、何よりも大切な要素だと思う。