人間の脳の能力の9割は、自分のバランスを保つために使われているそうです。つまり、相手を投げるより、相手に崩された自分を元に戻す力のほうが、はるかに本能的で自然だと言うことです。そして、持たれた手はセンサーであり、自分が自然体に戻れば、逆に相手の力は無力化し、まるで無重力のような状態に入れます。これが合気の本質なのかどうか・・さらに探求していきます。
丹田を中心に世界に浮かぶ(浮舟の探求②)
どこも踏ん張らず、全身がリラックスした武道的状態は、丹田を中心に世界に浮いている感覚です。だからこそ、前後左右上下、どこにでも自由に動ける。単に脱力するだけでは、この感覚はつかめません。まさに中心力を高めることが求められます。
武道的身体はマリオネットのように軽く踏ん張らず力まない
藤平光一氏の動画を見ると、軽く飛び跳ねるように捌いている。心身が自由に躍動する体捌き、足捌きを目指し、試行錯誤しながら稽古しています。
初めての正面打ち四教(一瞬で中心を捉える)
一教から四教まで、すべては相手の肩をロックして中心を捉えるためにあります。そして四教は、肘、手首、指などの関節ではなく、言わば触れたすべての場所から相手の中心を捉える感覚を培うためにあります。その意味を踏まえ、試行錯誤することが問われます。
初めての正面打ち三教(相手の中心を掴む)
関節技は、関節を通じて相手の中心を掴むことが肝で、関節を痛めつけることが目的ではありません。よって、痛いからかかる関節技ではなく、相手を中心から崩すことを目指します。
心身の自由を目指す(後両肘取り三教)
上手く捌けない原因の大半は、自分で自分の心身を固めていることです。それを解き放ち、一番楽で無理のない体捌き、足捌きを模索する。痛いからかかる関節技ではなく、自然に相手を導ける関節技を目指します。
初めての片手取り呼吸投げ(呼吸法で相手と一体化する)
合気上げで相手を崩し、肩、肘、手首などをすべて柔らかく使い、丹田に入ってきた相手のエネルギーを返してあげる。相手と一体化し、ぶつからないことが大切です。
子どもの成長の力を信じて育む合気道の自由な世界
小学4年生から稽古を始めた子どもたち。つい最近まで、稽古ではふざけてばかりで遊び半分以上でしたが、中学1年生になり、やっと少し真面目に稽古できるようになってきました。子どもの成長スピードには大きなバラツキがあり、それを一律にしようと型にはめても、弾くことはあっても包摂はできません。「武道だから」と大声を挙げて叱るとか、ましてや体罰とか、そんな愚かな世界は、せめて合気道でだけはないことを望みます。
求心力を使い竜巻のように螺旋で巻き込む(入身投げ)
相手を下に大きく崩す入身投げは、演武用のパフォーマンスの側面が強く、自分自身のバランスも崩れるリスクがあります。自然体の自分に引き寄せて、竜巻のように螺旋で巻き込んでいくほうが、無理なく捌けます。
歩けばそれ即すなわち武(心身を浮かせる)
武道的な立ち方、歩き方は、いつ何時、どの方向から攻撃されても、それに対応できることが大前提のはずです。つまり、常に身軽な状態、心身が解放されている状態、浮いたような感覚の状態こそが一番いいのではないか、と模索しています。

