合気道の稽古の密度

合気道への関わり方は、もちろん人それぞれで多様性があって当然だと思う。
心身の健康のために、ちょっとずつでも稽古を続けるのも大変意味があるし、武道を極めたいと生活のかなりの部分を稽古に投入して夢中でやるのもいい。

合気道への関わり方には、人によって大きな幅があり、当たり前のことだが、それはまったく各個人の自由だと言うことを大前提として、以下、稽古の密度について考えてみたい。

私の経験からすると、週1回ペースでの稽古では、時間と共に技を覚えることはできても、その中身については、ほとんど進歩はしない。

週2~3回ペースの稽古で、やっと少し世界が変わって見え始める。
その都度、思い出すだけで精一杯だった技を、ある程度自由に駆使できるようになる。

そして、週5~6回ペースの稽古にステップアップすると、それぞれの技の意味を探求し、その練度を高める世界に入ることが可能だ。

私自身は、5級の段階ではほぼ週1回ペース、3級取得前後から週3回ペースになり、1級から初段取得に至る過程では、ほぼ週5~6回ペースで稽古をした。
この過程は、高校部活以来の激しい鍛錬となり、朝ベッドから起きるのも辛く、常に全身が痛み、正直、「今日は休みたいな」と思うことも何度もあった。

ここまで合気道の稽古に没入するためには、大学の部活ならともかく、社会人なら仕事や家庭など、様々な条件をクリアーしなければならないので、誰もができることでは決してない。
だから繰り返すが、「合気道を志す以上、ここまで稽古すべきだ」などと言いたいのではない。

ただ、週1回ペースで40年稽古するより、せめて週2~3回ペースで5年稽古したほうが、はるかに世界は変わる、このことは自覚したほうがいい。
合気道に限らず、どんな習い事でも同じだろう。

だからこそ、合気道の真髄に触れたいと、短期であろうと海外から内弟子に来訪して、毎日のように稽古する外国人の方が、はるかに濃密な稽古を経験して上達するのかもしれない。

身体の内側の自然を探求する合気道の世界

東日本大震災の前年の秋、私は富山への移住を実現した。
直前の2010年春に、念願の合気道初段を取得し、できることならお世話になった埼玉県浦和の道場でそのまま生涯稽古を続けたいとの、後ろ髪を引かれるような思いを残しながらの、故郷富山への移住だった。

その時の私の想いは、合気道は身体の内側の自然を探求する道であり、それと一体のものとして、身体の外側の自然も探求したい。
だから里山の豊かな自然の中で暮らし、半農半Xの暮らしをしながら、合気道の稽古を続けたいというものだった。

その翌年、東日本大震災が発生し、福島第一原発で未曾有の過酷事故が起きた。
私はもともと原発には批判的で、そのリスクについては嫌と言うほど知っていたから、外部電源喪失を聞いた瞬間に、当時茨城県に里帰り出産していた妻子を救援に向かい、翌日には富山に避難させた。

あの震災は、人間が自然をコントロールすることなど、土台できないという現実を嫌と言うほど私たちに突き付けた。
人間が自然を制御し、作り替えることで、無限の経済的恩恵を得ることができるという、原発に象徴されるまったくご都合主義的な神話もまた、見事に崩壊した。
原発はまさに、現代の「バベルの塔」だったのである。

原発だけではない。温暖化による気候変動など、私たちは今、現代文明の在り方を根本的に問い直すべき時に来ている。
そして、その現代文明の根底にあるのは、主体と客体の分離、人間と自然の分離という、二元論である。

この二元論に基づき、人間の身体の外側に、自然の摂理を超えた欲望の対象を求め続ける限り、その欲望は無限に拡大し、それに伴って自然は破壊されていく。
そしてこの二元論には、そもそも人間の身体の内側には、魅力的な探求の場所はない、そこで満足を得ることはできない、との暗黙の前提があるように思われる。

だから現代文明の中に生きる人は、自分の車のエンジンオイルの劣化を気にして数か月毎に交換し、パソコンのレスポンスがわずかに遅れることにイライラしてCPUの性能を嘆いたりするが、それと同じ程度の興味や関心を、自分自身の身体に向けることはほぼない。

しかし、一度合気道などの武道、さらにスポーツなどの身体的運動を始めれば、自分の身体的パフォーマンスが、どれほど豊かな領域を有しているのかが分かる。
身体の外側に向けられた関心は、自分自身の身体の内側に向けられていくのだ。

現代の物質文明は、どう考えても、もう限界に近づいている。
これ以上の外的な拡張、拡大は、最終的には文明そのものの破綻に至る。

しかし、残念ながら人間の欲望や探求心は無限だ。
それは人間が人間であるがゆえのレゾンデーテルかもしれない。
だからこそ、その欲望や探求心の先を、身体の外側ではなく、身体の内側に向けること。
そこに無限に広がる豊かな世界に、より多くの人が触れ、それを感じ、そこで自らの欲望を満たす道を見出すこと。

これ以外に、現代文明が生き残る道はないと、私は考えている。
そのわずかな一助として、微力ながら合気道の普及に努力したい。

合気道における「厳しい技」の意味

合気道が武道である以上、その技に「厳しさ」が内包されていなければ意味はない。
勿論、その厳しさの中身は、相手を傷つける、痛みつけるという類のものではないとした上で、では、合気道における技の厳しさとは一体何なのかについて、長年考え続けている。

そもそも、これが分からないことには、合気道において自分の技が進歩するとは何を意味するのかも曖昧になる。
合気道には試合はなく、柔道や剣道のように、「特定のルールの中でのやりとりで、かくかくしかじかの状態になれば1本」という客観的な基準はないからだ。

仮に、「約束稽古において、どんなに力の強い相手が抵抗しても技をかけられること」が「厳しさ」の基準だとしよう。
ただ、これはなかなか難しい命題だ。

例えば、片手取りの場合、かけられる技を知っている受け、特に有段者が、とにかく自分の腕を動かさないことを至上命題にすれば、ほぼ、通常の技はかからない。
かけるとすれば、約束稽古は無視して、限られた適用可能な技、当身、関節技などを駆使するしかないから、「ある特定の技」の「厳しさ」を検証することにはならない。

真逆だが、しっかりと腕を掴まない、何の気持ちも向けてこない相手にも技はかからない。
相手が手を放したら、簡単に逃げられるだけである。

もちろん、ただ腕を掴み、動かないことだけを目指す相手、あるいは、何の気持ちも向けてこない相手は、そもそも自分を攻めてきているわけではないので、技をかける=捌く必要はない、ゆえに合気道の体系外とも言える。

とすれば、「どんなに力の強い相手が抵抗しても技をかけられること」を「厳しさ」の基準とするには土台無理がある。
では、合気道における「厳しい技」とは一体何を意味するのか?

現時点で私は、これまでの稽古経験に基づき、「しっかりと攻めた上で、数本受けを取っただけで、足腰がガタガタになる技こそ、厳しい技ではないか」と考えている。
実際に、熟達した人の技を受けると、数本投げられただけで、足腰に相当な負荷がかかる。
なぜなら、崩しが厳しく、自分のペースで受けを取ることができないからである。

逆に言えば、通常、技を知り尽くしている有段者が受けを取る場合、「このタイミングでこう受けをとればいい」と理解しているので、技にかかっているようにも見えながら、実際は自分のペースで受けを取ることが可能だ。

こういう受けなら、何十本、いや何百本投げられても、体力さえあれば息すら乱れない。
実際、有段者が白帯の人の受けをいくら取っても、ほとんど疲れることなどないだろう。
私自身、自分よりも下位の人の受けを取っても、ほとんどの場合、足腰には何の負担も感じない。

有段者と白帯の関係なら当然ではあるが、もしこれが有段者同士の稽古でも同じとしたら、取りも受けも、本当には技を磨いていくことにはならないと思う。

合気道において、武道としての「技の厳しさ」とは一体何を意味するのか?
まだまだ模索途中である。

合気道の関節技は相手を痛めつけるためにかけるのか?

「あなたたちはまだそんなことをしているんですか?」
浦和合気会で稽古させたいただいた際、指導に訪れた遠藤征四郎師範が稽古中に投げかけられた言葉を鮮明に記憶している。

高段者の先輩が後輩に四教をかけ、痛みで思わず後輩が悲鳴を上げた瞬間を捉えてのことだ。
確かに四教は、熟達者にかけられると、一瞬脳天を直撃するような激しい痛みを感じる。
多くの場合、苦痛で顔を歪める受けの姿を見て、取りは自分の技が上手くかかったと満足する。

しかし、そんな高段者に対して遠藤師範は、「相手を痛めつけて自己満足するレベルに、いつまで留まっているんですか?」と疑問を投げかけられたわけだ。
「外国に行けば、関節がものすごく柔らかくて、痛みをほとんど感じない人はいっぱいいますよ。そういう人には、痛いからかかる技ではかかりません」
「そもそも、相手は受けをとってくれているわけです。その相手を痛めつけて何の意味があるんでしょうか?」

それ以来私は、関節技の際にも、できるだけ相手に痛みを感じさせないで、体捌き、足捌きで相手を崩すためにはどうすればいいのかを探求し続けてきた。
同時に、それが果たして武道的にどういう意味を持つのかも考え続けてきた。

武道である以上、どんな相手であろうとも、その攻撃を制する、捌くことは必須だ。
ただし、当然ながら合気道においては、相手を痛めつけることが目的ではない。
もし、痛いから技がかかるとしたら、それは最初から相手を痛めつける、痛みによって相手を制するということになる。

そうでない道はあるのか?
一般に関節技で相手を崩す、投げることが可能なのは、相手が痛みを感じるからだと思われているかもしれないが、順番は逆ではないのか?
しっかりと体捌き、足捌きで相手を崩した上で関節をとりにいけば、相手は痛みを回避するために自ずから回避行動に入り、結果として相手を制することができるかもしれない。
相手をそういう心身の状況に導くことこそ、目指すべきものではないのか?

ここで大切なのは、「自ずから」という点である。
痛みが先行する、つまり相手への攻撃性が先行すれば、当然相手はそれに反発し、敵愾心を持ってしまう。
そうではなく、こちらから相手を導くことによって、相手に自然に回避行動を選択させる。
こうなれば、相手を痛めつけることなく、相手を制することが可能となる。

そしてこれは、単に技のレベルの話ではない。どのような心の状態で相手に技をかけるのかこそが、実は核心であるとも言えるのだ。
中学時代に夢中で何回も読み返した吉川英治の『宮本武蔵』のなかに、こんな記述がある。

武蔵が槍の宝蔵院に向かう途中、畑仕事をしている一人の老僧の横を通り抜けようとすると、何とも言えないすさまじい気が感じられて、思わず九尺ばかり跳んで通り抜けた。
この老僧は、奥蔵院の住職・日観だったが、こう武蔵と会話している。

「お手前はわしの側を九尺も跳んで通った。何故、あんなことをする」
「あなたの鍬が、私の両足に向かって、いつ横ざまに薙ぎつけて来るか、分らないように思えたのです。又、下を向いて土を掘っていながら、あなたの眼気は私の全身を観、私の隙を恐ろしい殺気で探しておられたからです」
「はははは、あべこべじゃよ」老僧は笑って言った。
「お手前が十間も先から歩いて来ると、もうお手前がいう殺気が、わしの鍬の先にピリッと感じていた。それ程、お身の一歩一歩には争気がある。当然、わしもそれに対して、心に武装を持つのじゃ」
「あの殺気は影法師じゃよ。つまり、自分の影法師に驚いて、自分で跳び退いたことになる」

関節技で相手を痛めつけようとすれば、その攻撃性は必ず相手に伝わり、相手は頑なになり、ますます技はかからなくなり、それを力づくで乗り切ろうとすれば、さらに合気道の本質から外れていく。
この悪循環に陥ってはならない。

『鬼滅の刃』に埋め込まれた合気道の教え

映画版「『鬼滅の刃』無限列車編」を息子と観た。
テレビ版は息子が観ているのを横目に、部分的に知っていたが、映画版のクオリティは大人でも十分に楽しめるものだった。

有名な「全集中の呼吸」など、随所に武道、特に合気道と通じるものがあることは知っていたが、この映画を観て、さらに哲学的な部分でも通じるものがあると気づいた。

①炭治郎は、血鬼術から何度も回復するが、それは夢のなかで自らを殺すことによる。生への執着を捨て去ることで逆に真の生を得る。この姿を見た鬼は、「なんという胆力か」と驚愕する。武道における胆力も、まさにこうしたものだろう。

②上弦の参の鬼は、まさに「悪しき武闘家」の典型である。強くなることだけを目指し、そのためには悪魔に魂をも売るように誘う。強くなるために鍛錬することを無上の喜びとしているが、勝ち続けることがすべて、己がどこから来て、どこに行くのかが分からない。

③炭治郎の深層心理は、まさに禅の世界である。透明で温かい。おそらく、この物語にとって、これは大いなる伏線なのだろう・・・

と、色々と興味深かった。
小学4年生の息子は、多分、派手なアクションを喜んでいただけだと思うけど(^-^)

ちなみに、合気道における呼吸法は、深く静かなものだ。
余計な力を使わず、相手と己の世界を一体化させていくことを目指す。
まさに戦いながら、炭治郎の深層心理のような世界を保ち続けること。

合気道の達人と言われた塩田剛三氏は、合気道の極意を問われ、「自分を殺しに来た相手と友達になること」と回答したと言うが、『鬼滅の刃』には、随所にこうした哲学が埋め込まれていて面白い。

名著『弓と禅』が示す「道」の世界

武道を志す者であれば、必ず一度は読了したい名著、『弓と禅』。2015にその新訳本が発売され、あらためて読み直してみた。

冒頭の解説には以下のように記されている。

「『弓と禅』は、 ドイツ人の哲学者が、 日本に来て数年間、 全身全霊で射る 中で無心を体験することに弓道の奥義があると唱えた師について弓道を学ぶ 中で、 身体遣いが変わり、 精神集中を強め、 技を深め、 ついに無心の射を経験するまでの過程を整理して著した書である」

このドイツ人哲学者こそ、著者のオイゲン・ヘリゲルである。

戦前、日本を訪れた彼は、弓聖と称えられた阿波研造に師事する。

そのなかで、弓をスポーツの一種として捉えていた当初の考え方を、根本的に覆される様々な経験を経る。

必死になって力を入れてもまともに引くことすらできない弓。それが筋力や技巧ではなく、より根本的な呼吸法や精神集中によりはじめて引けるようになるという現実。

さらに的を射るのは己ではなく、自分ではない「誰かが射る」のだとの師匠の言葉。それをまったく理解できない混迷の日々。

実は彼は、西欧の合理主義思想の立場から、一貫してこうした様々な教えに、疑問を呈し続ける。

しかし、現実の稽古を通じて、それらの教えが決して嘘でも偽りでもなく、本物であるかもしれないとの思いも、徐々に深めていく。

それでもどうしても、やはり師匠の言葉を疑ってしまう彼に、「本当はこんな方法は避けたかった」と言いながら、弓聖が見せた、ある夜の、本当に奇跡のような射。

彼が実際に体験したこの事実に、思わず身震いしてしまう。

阿波研造がなぜ弓聖とまで称えられたのか、誰もが納得する以外ないシーンだ。

ただ、私が強調したいのはこのことではない。

私たちが学ぶべきは、ある意味、合理主義という、当時の日本人とはおよそかけ離れた別の思考のパラダイムにいたオイゲン・ヘリゲルが、であるが故に、弓道の本質をより深く問いかけ、探求し、そしてある程度それに到達したという事実である。

当然ながら阿波研造の下には多くの日本人が師事していたが、そこまで掘り下げて探求した人はどれほどいただろうか?

分かり易く言えば、師匠の言葉を簡単に「分かった気になる」のは、同じ文化的パラダイムに存在する方が陥りやすい誤りでもある。

自意識を鎮静させ、自らの存在を超える何かを感じ、それと一体化することで弓を射る。

その弓道の意味をここまで深く哲学的に探究し、そして同時に、自らもまた、阿波研造に認められるまでに弓道を極めることができたのは、そもそもオイゲン・ヘリゲルが、別の文化的パラダイムからの違和感、差異に対して誠実に向き合ったからだと思えるのである。

振り返って今日、私たちを取り巻く世界は、ほとんど何から何まで合理主義的考え方に満ちている。

ある意味、今の私たちは、当時のオイゲン・ヘリゲル以上に、日本の伝統的な精神文化とははるかに異なる場所にいる。

しかし一方で、日本人であるというただそれだけの理由で、根拠なく日本的であるはずだという誤った思い込みも多い。

つまり、簡単に「分かった気になる」という落とし穴は、今も昔も変わらないのである。

合気道もまた、まったく異なる文化から、であるがゆえに真剣にこれと向き合おうとする外国の人々の方が、実は私たちが想像する以上にはるかに深くその道の本質を理解しているかもしれない。

日本で合気道を学ぶ一人として、常にそうした自戒の念を忘れずに稽古していきたいと思う。

異なる共同体の接点からこそ文化は発展する

世界中を見渡しても、発生以来、一度も他者との接点のない共同体、そして文化は存在しない。
どんな共同体、文化にせよ、必ず他者と触れ合い、融合し、時に対立しながら、その独自性を確立していくものである。

「他者性」を異質なものとして常に排除する共同体や文化は、必ず硬直化し、生命力を喪失していく。
逆に、自分と異なるものに対して開かれていく共同体や文化は、常に生命力を再生産する。

さらに、「今」は常に、そうした歴史的変遷のなかの一地点である。これまでも変化してきたように、これからも変化し続けていくのが当然なのだ。

こんな大きな話から、突然、合気道の話に移るのは、いささか論理的飛躍があるのかもしれないが、合気道には様々な流派、教え、道場の系列がある。
通常、最初に出会った流派、道場での教えが、その後の合気道人生を規定することになる。

よく「三年稽古するよりも三年かけて良い師を探せ」と言われるが、試合もない合気道の場合、「良い師」の客観的評価の基準はない。
ゆえに、そもそも審美眼を持っていなければ、「良い師」を選ぶことはできないのだが、初心者が最初から審美眼を持っているはずもないから、この言い方は論理矛盾である。

かく言う私も、最初に出会った道場では、様々な違和感を覚え、転勤を機にいったん合気道を辞めた。
次に出会った道場で本格的に稽古を再開し、ピーク時には週5日~6日、身体がボロボロになるぐらいに激しい稽古を積み重ねた。

しかし、どうしても里山暮らしをしたいとの願いもあり、初段取得を節目に富山に移住。
そこで地元の道場でお世話になり、さらに現在、里山合気会を主催するに至っている。

これは、私のようにいくつかの系列の異なる道場を経験した者にしか分からないのかもしれないが、所属道場と指導者によって、指導内容は大きく異なる。
最も基本的な相手との間合いなどもまったく違う。

その場合、当然にも自分のなかにある疑問が生ずる。
「あの道場ではこう教えられたが、この道場では違う。果たしてどちらが正しいのか?」

この疑問を本当に解決する道は一つしかない。
様々な人と稽古し、自分自身で検証するしかないと言うことである。

さらに、このプロセスを通じて、技の「意味」について深く考える以外なくなる。
「なぜこちらの教えの方が優れているのか? その根拠は何か? それは普遍的なものか?」

さて、冒頭の文書との関連はここにある。
私は、異なる様々な流派、道場を経たことにより、嫌でも「差異」を考えるしかなくなり、逆にそれによって合気道への洞察を深めることができたのかも知れないと思っている。

「異なる共同体の接点からこそ文化は発展する」のと同様、異なる流派、道場の接点からこそ合気道は発展する・・と言えるのか・・・

もちろん、こうした考察は、ある程度の稽古を積んだ上での話である。
里山合気会でも、少なくとも初段になるまでは、無用な混乱を避けるために、私が考える体系で指導することにしている。

ただそれ以降は、それぞれが様々な考えに触れ、稽古で体験し、自分自身で考えていくことが大切だと思っている。
「考える合気道」は、何よりも大切な要素だと思う。

考える稽古を抜きには合気道の進歩もない

私は大阪のとある道場で合気道を始めた。
たまたま仕事の都合で当時大阪に在住していたからだ。

ある時、本部から直々に師範が講習に来ていただけると、その準備を手伝っていたところ、最後に道場長がこう私たちに語った。

「講習の最後に、『何か質問は?』と聞かれると思うけど、絶対に質問しないでください。もしあなたたちが何か質問したら、私たちは後でとんでもないことになる」

私は思わず心のなかで「????」である。
指導をするためにわざわざ来てくださる師範に対して、「質問するな」とはどういうことか?

今から推察するに、後で師範から「お前たちはこんなこともちゃんと教えていないのか!」と叱責されるのが怖かったのだろう。
あるいは、「合気道は言葉ではない。そんな質問をする前に稽古せよ!」とでも言われるのか・・

いずれにしても私は、この言葉を聞いた途端に、名著『失敗の本質』を思い出し、「ああ、この道場では学べないな」と判断した。
『失敗の本質』は、日本軍の詳細な分析から、組織マネジメント論をまとめた力作で、その中にこうある。

「日本軍の最大の誤りは、言葉を奪ったことである」

自由闊達な議論ができない社会や組織は、必ず衰退する。
それは合気道においても然りである。

浦和合気会時代に師事させていただいた遠藤征四郎先生は、ある有段者講習会の最後に、「何か質問はありますか?」と尋ねられた。

私はたくさんお聞きしたいことがあったが、さすがに多くの先輩有段者の前で立ち上がるのは憚られたので、黙っていた。
誰も質問する者はいなかったから、他の参加者も同じような気持ちだったかもしれない。

それを見て遠藤先生は、「質問がないということは、あなたたちは考えて稽古をしていないと言うことですか?」と問いかけられた。
まさに、日々、常に考え、検証しながら稽古しなければならないことを諭されたわけだ。

「まあ、こんなにたくさんの人の前で質問するのも気が引けるでしょうが」と柔らかくまとめられたが、考える合気道がいかに大切かというメッセージを受け取ったと私は解釈した。

1回稽古すれば、一つの気付きがあり、同時に一つの疑問が生じ、それをさらに稽古で検証し、自らを修正し、高めていく。
こんなことは、すべてのトップアスリートが当たり前にしていることである。

考える合気道がいかに大切か、そしてそれを言葉としても表現し、他者と共有し、検証し合いながら高め合っていくことこそが、稽古の最大の喜びだと私は思う。

合気道の約束稽古は「受け」と「取り」のやり取りのレベルが肝

試合もなく、あらかじめ受けと取りを決めて技をかける約束稽古しかしない合気道。

たまに受けの側の先輩が取りの側の後輩に対して「意地悪」をする場面に遭遇する。
取りが技をかけようとしても、わざとかからないように受けるのだ。

実は、合気道において、相手の技がかからないようにするのは簡単である。
例えば片手取りの受けをとる場合、相手の腕をしっかりとつかまず、何の気持ちも相手に向けなければ、相手は技をかけることはできない。

私は以前、座技呼吸法の稽古の際、受けの相手が私の腕の袖をただ指先でつまみ、「さあかけてみろ」とばかりに得意顔になっているのを見たことがある。
私は、「この人は約束稽古の意味をまったく理解していないんだな」と思ったものである。

なぜなら、そもそも袖をただ指先でつかまれても何の脅威でもないから、技をかける、相手を捌く必要がまったくない。
それでも技をかけろと言うのなら、その袖にかかった指をさっと払いのけて、相手の顔に当身を入れればそれで終わりである。

つまりこの人には、そもそも受けは攻撃の側であり、相手に攻撃を仕掛けるということは、当然にもその反撃を予測して、中途半端に攻めることは許されないとの心構えがまったく無いわけだ。

自らは約束稽古という予定調和に甘えながら、気持ちのない受けをして、相手の技を試そうとする。
こんな相手と稽古することは、百害あって一利なしである。

ただ、だからと言って「お断りします」と、ただ当身を入れて終わるわけにもいかないので、こういう相手に出会ったら、私は次のようにメッセージを送る。

自分が受けをする際、まず最初の2回はしっかりと気持ちを込めて受けをとる。
当然、ある程度の稽古を積んだ人ならちゃんと技をかけることができる。

その上で、次の2回は、何の気持ちもない、ただ形だけの受け、片手取りであれば、ゆるく相手を形だけ掴むだけの受けをとる。
当然にもこれでは技はかからないから、相手は困惑する。

私としては、「こういう受けでは、技がかからないのは当然なんですよ。こういう稽古を続けても、全然意味はないですよね」と、暗黙のメッセージを発しているつもりなのだが、残念ながらこれを理解してくれた人はほとんどいない。

もう少し突っ込んで考察すれば、相手をしっかりと攻めない、そんな受けは、実は巧妙に「受け」と「取り」の入れ替えをしていることが分かる。

合気道の約束稽古において、最初に起動する側は受けである。
その相手の気持ち、力を感じて、取りは初めて起動する。

しかし、気持ちのない受けに技をかけようとすれば、実は取りの側が最初に起動することになる。
だが、そもそも起動すらしない相手、つまり自分を攻めてこない相手に対して、自分が先に起動して技をかけるような体系になっていないのが合気道なのだ。

逆に、攻められたら攻められた分だけ相手に返す、相手の力が強ければ強いほど、それが相手に跳ね返っていく体系でもある。
これを目指すからこそ、こちらからは決して攻めることはしないという約束稽古が深い意味を持つ。

その意味をはき違え、自分からしっかり攻めることをせずに相手の技を試そうとする、そんな受けのレベルにとどまっていては、進歩はない。

互いに約束稽古の意味をしっかりと理解し、互いを高め合っていける受けと取りのやり取りをできるのか、合気道の稽古の質は、まさにここにかかっていると言っても過言ではない。

合気道の真髄は人間の闘争本能を昇華させることにある

2019年秋、日本中を興奮の渦に巻き込んだラグビーワールドカップ。ここでの日本代表の戦いは、実に感動的なものであった。

特に、悲願のベスト8入りを決めた対スコットランド戦の最後の十数分、スクラムを組み、身を挺して敵の猛攻を凌ぐ姿は、まさに古代ローマの重装歩兵軍団を彷彿とさせる獅子奮迅ぶりと言えた。

そうなのだ、ラグビーはあらゆる球技の中で、最も戦争の原型に近い肉弾戦の様相を有している。だからこそ、あれほど多くの人々を熱狂させるとも言えるのである。

肉体的、精神的な苦痛に耐え、集団のために個を犠牲にする姿に人々は感動する。人間の中に潜む闘争本能、フロイト的に言えば「死の欲動(タナトス)」を覚醒させるからであろう。

だからと言って、ラグビーファンが好戦的と言うわけではない。あくまでラグビーは健全なスポーツであり、それを通して、まかり間違えば本物の戦争に誘導されるかもしれない人間の闘争本能を昇華させているとすれば、こんなに素晴らしいことはない。

振り返れば、まさに武道としての合気道の目指すべきものと一緒ではないか、と気付いた。武の道の究極にあるのは、武そのものの昇華、分かり易く言えば、武そのものが必要のない状態であろう。

核兵器開発に加担したことを悔い、晩年は核廃絶運動に力を注いだアインシュタインは、天才的心理学者フロイトに「人間の中に潜む憎悪と破壊の欲求をどうすればいいか?」と問いかけた。

これに対するフロイトの回答は、実に示唆に富んでいる。
彼はアインシュタイン同様に、「人間の中に潜む憎悪と破壊の欲求」そのものを、理念的に否定しても意味がないことを理解している。
心理学者として、善悪の彼岸を超えた場所から、あるがままの人間存在を見据えたら当然のことだ。

だからこそ、人間のそうしたダークサイドの存在を認めた上で、「人間の攻撃的傾向を戦争などに発揮される必要のないほどに逸らす」ことが必要だと回答したのだ。
敵や己自身の憎悪、攻撃性を見据えた上で、いかにそれを逸らすのか、さらに逸らすプロセスを通じて、願わくばその憎悪や攻撃性を和らげることができるのか?

合気道を少しでも現代に活かすとすれば、まさにここにある。「和をもって貴しをなす」とは、単なる綺麗事で終わってはならない。
誰もの心の中に潜む破壊衝動や闘争本能と正しく向き合うこと、その上でそれをどうコントロールするのか、その心身の状態をどう実現するのかこそが問われているのだ。

だからこそ武を通じて武を昇華する、武の道が求められていると思う。