相手の打ち込みに合気し、自分は一番楽な自然体で捌く。相手の気持ちとエネルギーをもらい、返してあげるだけ。結果として相手を投げることになりますが、投げるために自分の態勢を崩すような無理は一切しません。
間一髪で入身する剣の間合い(正中線で捌く)
相手の剣をくぐりぬけて背面にぴたりと入身し、その瞬間に相手と気持ちを合わせ一体化する。剣から逃げるのではなく、相手の切り込みに合わせて捌く。心身を脱力させ、自然体で捌けるのか、一番難しい課題です。
初めての片手取り呼吸投げ(ただ足元の50円玉を拾う)
派手に投げようとすればするほど、技はかかりません。片手取り呼吸投げも、ただ足元に落ちている50円玉を拾うように、さりげなく下に崩す。もし1万円札を拾おうと焦って身体に力が入る、つまり欲が出ると上手くいきません。
目的は自分自身が自然体に戻ること(中心帰納の探求⑥)
体の変更については、色々な考え方があると思いますが、相手とは関係なくまずは自分自身が自然体に戻ることを目指して稽古します。相手は居着き、自分は自由になるのが理想です。しかし、相手を崩したり居着かせたるするのはあくまで結果であり、問題は常に自分自身と向き合うことです。
ただ自分の心身の状態を自然体に戻すだけ(中心帰納の探求⑤)
相手ががっちりと難しい位置で諸手をしても、自分自身の身体の中で自然体に戻ることは可能です。自分の心身を柔軟にし、固まっていると思い込んでいる部分を解放して元に戻す。その結果として相手は崩れます。相手に何かをしようとしたら、この心身の状態を作り出すことは不可能です。
相手に何かしようと思わない(中心帰納の探求④)
合気道が「動く禅」と言われる所以は、「内観」にあります。相手に何をするのか、ではなく、自分自身がどう自然体に戻るのか、そのためにどうすればいいのかだけを考える。それが結果として相手を崩し、制することにつながる。合気道において、いかに意識が重要なのかを示しています。
何もしない自然体に戻す(中心帰納の探求③)
相手との関係で歪みが生じた自分自身と向き合い、ただ元の自然体に戻る。「技」はこのレジリエンスのプロセスに過ぎません。だからこそ、できるだけ相手に対して何もしない。向き合うのは常に、自分自身の心身の状態です。
子どもは達人に一番近い(中心帰納の探求②)
子どもは無理に頑張ったりせずに、自然体でいることが当たり前。だからこそバランスが取れ、中心軸がしっかりし、居着くことなく軽々と動けるので、達人に一番近い存在です。頑張ることが当たり前だと考えている大人は、固く居着き、心身のバランスを喪失しているので、達人から一番遠い存在になってしまうのです。
波動を伝える肩取り二教(Be wave!②)
相手が掴んでいる肩を通じて、自分の波動を伝えるためには、より心身の状態が柔らかく、しなやかでなければいけません。稽古は常に、自分自身の心身の状態をチェックし、相手と共振できるのかを目指します。
返す波で捌く片手取り呼吸投げ(円転の理⑨)
Be water! (ブルース・リー)、そして Be wave! 波のように柔らかく、捉えどころのない捌きを目指します。