合気道の真髄は人間の闘争本能を昇華させることにある

2019年秋、日本中を興奮の渦に巻き込んだラグビーワールドカップ。ここでの日本代表の戦いは、実に感動的なものであった。

特に、悲願のベスト8入りを決めた対スコットランド戦の最後の十数分、スクラムを組み、身を挺して敵の猛攻を凌ぐ姿は、まさに古代ローマの重装歩兵軍団を彷彿とさせる獅子奮迅ぶりと言えた。

そうなのだ、ラグビーはあらゆる球技の中で、最も戦争の原型に近い肉弾戦の様相を有している。だからこそ、あれほど多くの人々を熱狂させるとも言えるのである。

肉体的、精神的な苦痛に耐え、集団のために個を犠牲にする姿に人々は感動する。人間の中に潜む闘争本能、フロイト的に言えば「死の欲動(タナトス)」を覚醒させるからであろう。

だからと言って、ラグビーファンが好戦的と言うわけではない。あくまでラグビーは健全なスポーツであり、それを通して、まかり間違えば本物の戦争に誘導されるかもしれない人間の闘争本能を昇華させているとすれば、こんなに素晴らしいことはない。

振り返れば、まさに武道としての合気道の目指すべきものと一緒ではないか、と気付いた。武の道の究極にあるのは、武そのものの昇華、分かり易く言えば、武そのものが必要のない状態であろう。

核兵器開発に加担したことを悔い、晩年は核廃絶運動に力を注いだアインシュタインは、天才的心理学者フロイトに「人間の中に潜む憎悪と破壊の欲求をどうすればいいか?」と問いかけた。

これに対するフロイトの回答は、実に示唆に富んでいる。
彼はアインシュタイン同様に、「人間の中に潜む憎悪と破壊の欲求」そのものを、理念的に否定しても意味がないことを理解している。
心理学者として、善悪の彼岸を超えた場所から、あるがままの人間存在を見据えたら当然のことだ。

だからこそ、人間のそうしたダークサイドの存在を認めた上で、「人間の攻撃的傾向を戦争などに発揮される必要のないほどに逸らす」ことが必要だと回答したのだ。
敵や己自身の憎悪、攻撃性を見据えた上で、いかにそれを逸らすのか、さらに逸らすプロセスを通じて、願わくばその憎悪や攻撃性を和らげることができるのか?

合気道を少しでも現代に活かすとすれば、まさにここにある。「和をもって貴しをなす」とは、単なる綺麗事で終わってはならない。
誰もの心の中に潜む破壊衝動や闘争本能と正しく向き合うこと、その上でそれをどうコントロールするのか、その心身の状態をどう実現するのかこそが問われているのだ。

だからこそ武を通じて武を昇華する、武の道が求められていると思う。

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