Aikido Heavy

私は2010年に富山に移住するまで、埼玉県の浦和合気会で初段まで稽古させていただいた。
そこで師事させていただいたのは、遠藤征四郎師範である。

遠藤先生は、一年の大半を海外で指導されており、日本人よりも平均的にはるかに体格のいい外国人を相手にされている。
ゆえに、そこからフィードバックされたお話しを沢山お聞きしたことは、現在の私にとって大変貴重な経験となっている。

日本国内では、指導者は、ほとんど気心も知れ、師弟関係にある相手に技をかける場合がほとんどだ。
しかも日本はただでさえ同調圧力の強い社会。
ましてや、合気道においては、師弟関係は絶対だから、指導者がどう自らの技を検証するのかは、実は大変難しい課題なのだと思う。

これは私の勝手な推測だが、外国、特に欧米は日本のような同調圧力が強い社会ではない。ゆえに、指導者はその「肩書」ではなく、本当の意味で真価が問われるとしても不思議ではない。
そんな厳しい状況のなかで、常に自らの技を検証し続けられてきた遠藤先生のお言葉は、大変説得力がある。

その一つが、Aikido Heavy である。
これは、遠藤先生が指導されている外国人の間で、「合気道で有段者になるほど、体重は増えていないのに、重くなっていく」という意味で使われているとのこと。

これはある意味で当然である。
有段者になればなるほど、身体は練れ、技に対する対応力は高まっていくはずだ。

しかし、残念ながら、日本ではなかなかそうはならない。
逆に、有段者であればあるほど、受けが軽くなる傾向が見受けられる。
いかに綺麗な演武を見せるのか、いかに指導者に合わせるのか。
こうした気持ちが先行した稽古を続けていては、Aikido Heavy にはなり得ない。

私は、「合気道において『受けを取る』ことの意味」で既に記したが、取りと受けの健全なやり取りこそが、技の上達にとっての肝となる。
有段者が重い受けを取ることは、取りにとって、自らの技のキャパシティーを広げるために不可欠なのである。

では、重い受けとは何か?
それは、無心に相手に向き合い、相手の導きに応じつつ、しかし、違和感を感じたら素直に抵抗することである。

間違ってはならないことは、最初から抵抗するための抵抗とは意味が違う。
相手の腕を掴みに行くとすれば、後先を考えず、ただしっかりと掴みに行くことである。

理想的な取りは、その相手の気持ちと合わせ、相手が嫌がることなく、知らないうちに技がかかっている状態だろう。
しかし、そうならない場合もある。相手が自分の腕を掴んで絞り上げる、引っ張るなど、どう考えても嫌だ、抵抗したいと思う動きである。
これに対しては、当然のことながら、抵抗し、防御することになる。

ところが、普段の稽古でこうしたやり取りをしておらず、軽い受けを当たり前だと思っている人は、こうした受けを取ると、一気に激高する。
激高した時点で、そもそも合気道の根本原理から逸脱するわけだが、さらに悪いことに、力でねじ伏せ、関節技をきめて痛めつけようとしてくる。

「和をもって」と謳いながら、いざ自分の技が思うようにかからないと、それをフィードバックするのではなく、相手を痛めつけようとする。
当然ながら、こんな相手とやり取りはしたくないから、次からは適当に軽い受けを取る。
相手は軽い受けだから、ポンポンと思い通りに投げてそれで満足するのだが、こんな稽古を何十年続けても、何の進歩もないのは明らかである。

Please Login to Comment.

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください