上虚下実

合気道では有段者になると、袴をはくことを許される(一般に女性の場合は参級以上)。

袴をなぜはくのか? それは、相手に足捌きを見られないようにするためという説もある。

それぐらい、合気道において足捌きは重要なのだ。

浦和合気会在籍の際、遠藤征四郎師範から繰り返しお聞きした言葉の一つが、「上虚下実」である。文字通り、合気道において上は虚であり、実は下にあるという意味だ。

合気道を学ぶ際、正面打ちや横面打ち、四方投げ、小手返しなどを覚えようとすると、最初はどうしても上半身に意識が偏ってしまう。

打ち技、投げ技の際などは、見た目には手の動きが激しいから、初心者は腕に力を入れて打ったり投げたりしようとする。しかし、これでは腕力や体格に依存する技にしかならない。

逆に、本来は有段者になればなるほど、上半身は脱力し、下半身も常にリラックスした状態で足がスイスイ動くはずなのである。

それはなぜか? 私はよく体験稽古に来られた方に、「人間にとって最もパワーのある部分はどこだと思いますか?」と質問する。「それは通常、どんな人でも持っているパワーです」と。

答えは、「自分自身の身体を支えて立ち歩いていること」である。例えば私の体重は58キロだが、30キロの米袋を1つ持つことさえ、結構な重さである。小柄で痩せ型の私の身体ですら、その2つ分の重みがある。

30キロの米袋2つ分、昔で言えば1俵の重さを、私は何不自由なく動かしている。これがどれだけすごいことか、皮肉にもそれを思い知ったのは、20年ほど前にぎっくり腰になった際である。急性期には、トイレにもはっていくほどの痛みのなか、腰から上の上半身がどれほど重く感じたことか。

人間が立っているということが、どれほどすごいことなのかを実感したと同時に、これを契機に私は身体を鍛えようと合気道を始めた。そして、この経験があればこそ、遠藤師範の言葉「上虚下実」の意味が自分なりに理解できたとも思う。

30キロの米袋を抱えた状態で、誰かに米袋を持ち上げてもらい、わずか5センチでもいいから手から離れた状態で下に落とされたとしたら、どんな衝撃があるだろうか? 落とされる位置が少しでも自分の重心に近い位置からずれたら、少々の力自慢の人では受け止めきれないだろう。

つまり、どんな小柄な人でも30キロ以上の体重はあるだろうから、この米袋1つ分以上のパワーを駆使し、相手を崩すことは可能なのだ。ただし、人間は通常、そのパワーの99・9パーセントを、自分が立ち、歩くことだけに使っている。

それをどう相手に伝えるのか? ここに合気道の面白さがある。このパワーを自在に相手に伝えられれば、腕を振り回すことなどよりはるかに大きな力を駆使できる。逆に、いつまでも上半身に力を入れ、腕を振り回しているようでは、合気道の探求にはならない。

一般に、体格も大きく力も強い男性の方が、実は合気道的には進歩していない場合が多い。なぜなら、「上実下虚」でもある程度技がかかるので、そこで自己満足してしまうからだろう。

むしろ、腕力や体格に劣る女性の方が、真剣に「上虚下実」と向き合う、向き合わざるを得ないから進歩するのかもしれない。だから合気道は面白いし、奥が深い。

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